絵本の栞 / 水谷英与

映すもの、映るもの

写真|水谷芳也

文庫本よりひとまわり大きいサイズで、「のうさぎのおはなしえほん」というシリーズがあります。主人公は、眉がりりしい、のうさぎさんです。ともだちの、おおかみくん、くまさん、ふくろうくんが登場する、①から⑥まであるお話は、続けて読んでも、どれか一冊だけでも楽しむことができます。

その中の④は、『みずうみ』という題名がついていて、こんな話です。

ある日、ふくろうくんが、のうさぎさんの家にやってきて、ふしぎな ものを ゆかに おきました。のうさぎさんは、ふくろうくんが映っているそれをみて、森の みずうみ みたいだね と言い、「鏡」というものだと、教えてもらいます。すぐに、ともだちのおおかみくんとくまさんを呼びにいく、のうさぎさん。おしゃれな二人なら鏡を喜ぶと思ったのです。しかし、床に置かれた鏡をじっとのぞきこむうちに、二人はしだいに不機嫌になっていきます。自分が思っていた顔とは、まるで別物の顔がそこに映っているというのです。騒ぎ出す二人を見て、のうさぎさんはこう言います。

「みずうみに なんて、ちっとも にてないわ」 そして、鏡を放り投げて、「ねえ、ほんとの みずうみに いこうよ」

本当のみずうみに顔を映したおおかみくんとくまさんは、ああ、よかった。 みずうみは いつも、きみ、かっこいいよって いってくれるんだ と、平常心を取り戻します。

のうさぎさんも みずうみに かおを うつして いいました。
「ほんと。
みずうみに うつすと、
きれいに みえるわ。
森の みどりや 空や雲が
いっしょに うつってるから
きれいに みえるのかな。
あっ、そうか そうなんだ。
わたしの 目は、みずうみと
おなじように うつるんだ。
だってさ、くまさんは かわいいし、
おおかみくんは かっこいいんだもの。
みずうみに こられないときも、
わたしが いれば だいじょうぶだよ」

その言葉に嬉しくなった二人は、何度も、のうさぎさんの目に、自分たちが映っていることを確かめあうのでした。

鏡に映った自分の顔を見て、こんなはずではない、と激しく動揺する、くまさんとおおかみくんの姿を、私は笑うことはできないなあと、読み返すたびに思っています。鏡の中の自分に、祖母の面影を見たり、ある日新たなしわを発見したりすると、見て見ぬふりをして、そこに映っているよりも10年くらい前の、記憶の中の自分に、そっと焦点を合わせている自分を知っていますから‥。

くまさんとおおかみくんの気持ちが、実感としてわかるようには、のうさぎさんの言動が、私の奥底にはまだ届いていないと感じていました。芯からわきあがってくるような共感が、得られなかったのです。見えている自分と、見られたい自分とのギャップを埋めてあげる優しさ?ひとみとみずうみ?問いだけが何重にもからまって、靄の中で探し物をしている気持ちでした。

答えは見つけられないままでも、光の本の、次の原稿には『みずうみ』を選ぼうと、決めていました。伝えたいことや、栞を挟んだ場所を見つけることで、靄は自ずと晴れてくれるのではと、期待したからでもありました。

そうしているうちに、3月11日がやってきて、私たちは、様々な形で、経験したことがないような恐怖を知ることとなりました。日常生活を続けることができる環境に居る私でも、神経はピリピリし、心はこわばったままの毎日でした。

 

そんな中、どんな拍子に思い出したのでしょうー。

「ねえ、ほんとの みずうみに いこうよ」という、のうさぎさんのことばが、頭の中に浮かんできたのです。小さな鏡ばかり見ているよりも、「みずうみ」に行って、空やお日さまや木々と一緒に、自分の姿を映してみようよと、のうさぎさんが語りかけます。手元の「鏡」だけの世界を見て怖がるのではなく、まず顔を上げて、肩の力を抜き、あたりを見渡して、深く呼吸をしてみることが大切だと、気づかせてくれたのです。それをきっかけとして、固まっていた、私の気持ちと体も、少しずつほぐれてくるようでした。

そして、「わたしの目はみずうみと同じように映る」と言った、のうさぎさんの言葉が、やっと私の中の底へ届き、波紋となって返ってきました。私たちは誰でも、自分の目の中に「みずうみ」を持っているということが、わかったのです。

現実という、避けられない共通項に隠れてしまいがちな、ひとりひとりの、気持ちのひだを映すことができるのは、良いところを積極的に見つけようとする、清らかさを湛えたひとみの中の「みずうみ」なのです。のうさぎさんが、くまさんとおおかみくんを励まし安心させてあげたように、私たちも、互いのひとみの「みずうみ」に、今こそ、笑顔を映しあうときではないでしょうか。

わたしが いれば だいじょうだよ 

のうさぎさんのように言える人でありたいと、強く、願います。

みずうみ ‐のうさぎのおはなしえほん④‐ 』  ビリケン出版
文 片山 令子
絵 片山 健

水谷英与

日本大学芸術学部文芸学科卒業
カメラマンの夫とともに1992年から一年間をニューヨークに暮らす
長女の誕生をきっかけとして、絵本の世界の扉を開き、
6年前より図書ボランティア(絵本の読み聞かせ)を続けている
夫のデザインとシルクスクリーンによるTシャツショップ
BOOTS & STICKSを運営中 http://bootsandsticks.com/