絵本の栞 / 水谷英与

消えない炎

きょうというひ 写真|水谷芳也

The Red Studio という題名の、アンリ・マティスの描いた部屋の絵が好きです。壁も床も、テーブルも椅子も、すべて赤色で塗られているけれど、派手さや違和感はなく、逆にその赤色が、画面に描きこまれている何点もの絵画や、塑像などの作品をうまくひき立てているように思えます。その部屋の赤色はとても親しみがもて、その部屋からは心地よさが伝わってくるようです。

『きょうというひ』という絵本の中にも、赤い部屋が出てきます。

この本は、とても静かな絵本です。登場するのは女の子だけ。取り立てて語られるストーリーもありません。冒頭のページは夜の場面で、そして1枚めくると、大きなお日さまが、積もった雪と、赤い家と、きょうというひのはじまり を照らしています。ペインティングとコラージュで作られたそれぞれの絵を丁寧に眺め、添えられた、詩のような短い文をゆっくりと読んで、最後のページへたどりつくと、そこはまた夜の場面。画面の中に降りしきる雪が、周りの音すべてを吸ってしまったかのような静かな夜ですが、煙突から出る煙や窓の明るさで、気持ちは暖かいもので満たされます。

さて、赤い部屋はどこだったのかといいますと、お日さまの次のページ、女の子がしたくをする場面です。赤い木の床に、赤いテーブル、椅子の赤い座面、赤いキャビネット、赤い暖炉がある部屋の真ん中で、ラグに座った女の子は、赤いセーターを持っています。

あたらしい セーターを あみました
きょうというひに きる ために
あたらしい ぼうしと マフラーを あみました
きょうというひに にあう ように

「きょう」は女の子にとって、何か特別な日なのでしょうか? それとも、彼女だけではなく、すべての人にとっての「ハレの日」なのでしょうか? いずれにしても、「きょう」に間に合わせるために、女の子がせっせと手を動かしている姿が浮かびます。

女の子は、したくを済ませると外へ出て、ゆきで ちいさな いえを つくります

赤いろうそくが1本入るだけの、小さな「囲い」のような、「かまくら」のようないえですが、いくつもいくつも作ります。女の子が、いえの中で灯すろうそくの火は、願うという気持ちそのものを表しているようであり、祈りの象徴のようにも思えます。熱心に、ちいさないえを作りながら、きえないように きえないように‥ 女の子はそれだけを願います。消えないでほしいと、彼女が強く願うのは、個人的なことではなく、普遍的なことでしょう。描かれている彼女の背中からは、ひたむきさが伝わってくるのです。

すべての人がしあわせでいられますように。すべての場所から争いがなくなりますように。明日もまた太陽が昇ってきますようにー。そういう想いを、女の子はろうそくの炎に託し、消えないようにと祈っているのです、きっと。

それでは私は、彼女が灯したろうそくの、ちりちりと揺れる炎の中に、何を見ているのでしょう。

私は、続いていく命というとおおげさなようですが、絶えることがなく、誰の力でも止めることができない、大きな時間の流れのようなものを、炎の揺らめきの中に感じます。そして同時に、炎の赤は、マティスの The Red Studio や、女の子の「赤い部屋」へと私を導きます。

そっと目を閉じると、たとえば、幼いころに好きだった毛糸の耳あて付帽子や、電車の中に置き忘れてしまったバスケット、妹とお揃いで作ってもらったワンピースなどが、冬の夕暮れに灯り始める街灯のように、ぽつりぽつりと思いだされてきて、今も大事にしている手鏡やら、手紙やら、数えきれないものが、思い出を纏って、「私の赤い部屋」のそこここに溢れています。

私の内面を育んでくれたのは、そういう様々な過去の断片のどうしようもない集積で、これからの自分を作っていくのも、今この一瞬を生きている自分の断片‥いつか私の時間が止まったとしても、時間そのものの流れは止まることはなく、ちりちりと、ゆらゆらと赤い炎は消えることがないのだろうと思います。

赤い部屋に居る自分。掌の中で燃えているのは赤いろうそく。その炎の中に私はまた赤い部屋を見るのです。それは合わせ鏡の間にいる自分を覗きこむのと同じで、いつまでも果てることがありません。

きょうというひ 』 BL出版
絵と文 荒井 良二

水谷英与

日本大学芸術学部文芸学科卒業
カメラマンの夫とともに1992年から一年間をニューヨークに暮らす
長女の誕生をきっかけとして、絵本の世界の扉を開き、
6年前より図書ボランティア(絵本の読み聞かせ)を続けている
夫のデザインとシルクスクリーンによるTシャツショップ
BOOTS & STICKSを運営中 http://bootsandsticks.com/