銅でもいい話 / 文・相原緑青

駅

自転車通勤なので、毎日電車に乗るということがなくなった。学生時代は往復二時間の電車通学だったし、別の仕事をしていた時も毎日朝晩電車に乗っていた。今は、仕事の用事、買い物、人との約束。そんなことがあると電車に乗ってガタンゴトン揺られるのである。

いつも乗り換えに利用する駅は数種類の路線が乗り入れ、新幹線も入っている大きな駅である。だからいつでも人がわさわさしている。朝晩のラッシュアワーは尚更であろう。たくさん人がいるけれど、それぞれがそれぞれの目的地にむかって最短距離のコースを選んでいるように足早に通り過ぎる。視界がぼんやりして辺りを眺めてみると、今の季節は黒っぽい服装の人が多いからか、グレーの大波小波が押し寄せてくるようである。その中、時々女性の鮮やかなワイン色のコートや、お兄さんの金髪あたまが目に入ってくる。乗り換え通路の端にはスーツの男性。大きなバッグを足許にどさっと置いて、書類のようなものを右手に持ち、左手で携帯電話を耳に押し当て、壁に向かってひとり大きな声で話している。清掃係のおじさんは薄い水色のユニホームを着て、重そうな台車を押して歩く。エプロンをして頭には白い三角巾をつけたお姉さん。立ち食いそば屋の横の小さな従業員専用扉を開けて、そっと中に入って行った。最近は改札を出なくても駅の中に色々とお店がある。本屋、雑貨屋、眼鏡屋、花屋。食べ物もお惣菜、洋菓子、和菓子、パン。カフェもあればコンビニもある。勢揃いである。もし何かの都合があって駅で時間を潰すことになったなら、これだけ色々な店があれば一時間ぐらいは事欠かないのではないかと思う。気が緩むと一時間では済まなくなることも有り得る。

改札を出れば、これまた大きなコンコースで、またもや常に人の往来があり途切れることがない。駅とつながっている商業施設があって、ショーウィンドウには落ち着いた色合いの冬のファッションが飾られている。通路沿いを歩くと、銀行のATMコーナー、足裏マッサージの店、メイクやヘアスタイルを整えてくれる店が並ぶ。そもそも今日私がこの駅に降りたのは、もちろん用事があってのことなのだが、その表向きの用事の前に本当の用事を済ませようと思う。「ご協力お願いしまーす」大きな声で道行く人に声をかける男性。手には、A、B、O、ABと大きく書かれた白いボードを持っている。入り口にのぼりが二本立てられ「献血お願いします」の文字がふわり揺れる。私は男性に軽く頭を下げて駅の献血ルームに入った。

初めて献血をしたのは高校一年生の時。毎年学校に赤十字の献血チームがやってきて、空いている教室がその時だけ献血ルームになった。冬のある日の午後、たぶん古文の授業中だったような気がする。「十六歳になった人で、献血したい人は行って来なさい」と先生が言った。友人たちは貧血気味だったり、腕に針を刺されるのがいやだと言って誰も行きたがらなかったけど、午後のだるい空気から逃れたくて、私はひとりで献血に行くことにした。あれからもうすぐ二十年が経つ。時間が空けば気楽に献血へ立ち寄るようになった学生時代。仕事をし始めてからは、なかなか行けなくなってしまったけれど、それでも最低で一年に一、二回は行っているので献血歴二十年と言ってもいいだろうか。「献血歴はどのぐらいで?」「もうすぐ二十年になりますが。長いような、短いような。はい」心の準備はできていても、こういう会話はまだしたことがない。

献血ルームに入るとカウンターがあり、受付の人へ献血カードを提出する。そうすると問診票が渡され、それに答えてカウンターへ返す。たくさん並んでいるソファー。手前の空いている所に座って待ち、どの雑誌を読もうかと物色していると「相原さん、検査室へお入り下さい」と看護士さんから呼ばれた。小さいテーブルを挟んで私は椅子に座り、看護士さんは立ったままきびきび動き、手元の準備をする。そして名前、生年月日、血液型などを確認される。

「では腕の血管を見せていただくので、両手の袖を上げてもらえますか」
「はい」
「いつもどちらの腕で献血することが多いですか?」
「んー、左の方が多いかもしれません」
「そうですね、えーっと・・・。では右で検査して、献血は左でお願いします」

私の腕の血管は、左右どちらも採血しづらいということはないようだが、どちらかというと左のほうが良いらしい。だからおおよその看護士さんは本番の献血用に左腕の血管をとっておき、検査用採血は右腕の血管からという決断をする。しかしまれに、敢えて逆の選択をする革命看護士さんがいる。いままでに二人ぐらい出会った。採血用の針先は間近でよくよく見ると、それほどぴかぴかした感じはしない。銀色の少しマットな質感で、でもやはり、とにかくひたすらに真っすぐだ。腕に針が刺される瞬間、ちょっとよそ見をしている間に針は見事に血管のど真ん中を射抜き、少量の採血をして検査は終了。

「次は先生の所で問診です。そちらのブースへお願いします」薄い壁で仕切られた小部屋が三つ並んでいて、その一番左側へ案内された。年齢は七十歳代、もしかしたら八十歳を超えているかもしれない、白衣を着たおじいちゃんの先生が中に座っていて、血圧、脈拍を測定してくれた。そして体調はよいか、消毒液にかぶれたことはないかなど、いくつか質問をされた。老眼用として用意した大きな虫眼鏡を慎重に覗いて、手元の検査データの小さな文字を確認している先生。一通りのことが終わりかけると、「ああ、ここも書かなくちゃ」。ぽそっと言いながらデータ票に血圧数値と脈拍数を記入した。

一旦ソファーのある場所に戻って雑誌を読み始めると「相原さん、中へどうぞ」と声をかけられたので、雑誌を持ち込んで献血用ベッドのほうへ行く。ベッドは背もたれが45度ぐらい傾いて、足が楽に伸ばせるようになっている。靴をぬいで、お尻から滑りこむようにそのベッドへ収まった。雑誌を片手でも読みやすいようにと、支えとしてバスタオルを畳んだものをお腹辺りに看護士さんが持って来てくれる。再度名前、生年月日、血液型を確認され、左腕の血管に針を装着、針からつながる細長いチューブに血液が流れ始めた。献血開始である。

「何かあったら、すぐに声をかけて下さいね」
「はい」

いくつも並んでいるベッドに、自分と同じ様な格好でじっとしている大人が何人もいる。みんなおとなしくしている。楽しそうでもなく、特に悲しそうでもなく。各々ベッドには横になって丁度見ることができる小さいテレビが準備されているのだが、隣の人はリモコンを使ってチャンネルを変えてばかりいる。

献血には種類がある。全血か成分か。全血の献血は、血液をそのまま。成分献血は、一旦採血された血液を遠心分離機にかけて血漿または血小板のみを採集し、赤血球などは自分の体に戻ってくるのである。私は特に希望はなく、成分献血のほうが足りないことが多いようなので、なんとなくそちらにすることが多い。自分の血液が遠心分離機にかけられているのを是非見てみたいところだが、残念ながら外からは見えない構造になっている。左上腕部に太めのベルトが巻かれる。そのベルトは自動的に上腕部に強い圧力を加えるようになっていて、その圧力がかかっている間は自分の血管から血液が出ている。ある程度の時間が過ぎてベルトの圧力が急になくなる時が、遠心分離された赤血球などが自分の中に戻され始めた時だと、以前看護士さんが教えてくれた。血液が出るのも戻るのも、針が刺されたその血管、一本のその血管なのである。痛さはないが左腕に針が刺されているという皮膚感覚はある。だが、自分のその血管から血液が外部へ出ている瞬間とか、血管に赤血球が今まさに戻っている感覚とか、そういうものは全く感じることができない。どんなに血管に意識を集中しても、今、血液が出ているのか戻っているのか、感触がない。上腕部のベルトの様子で判断するのみだ。確かに、採血されている左腕から細長く伸びたチューブには赤い液体が通っているし、たぶんこれは私の血液だと思うのだけど、よく考えてみると実感らしい実感がなく、なんだか不思議な感覚のまま、ぼんやりしているうちに終了の時間である。

献血後ソファーに座ってしばし休憩する。水分補給のため無料でいただける飲み物とお菓子。幾つか種類のある中から好きなものを選べる。今日は温かい緑茶と海老煎餅とクッキーをいただく。受付カウンターの後ろの大きなテレビでは夕方のニュース番組が始まった。しばらくそれを眺めていたら係の人が献血カードを返しに来てくれて、献血後の注意事項が書かれた紙なども一緒に渡された。ガラス張りの入り口の方を振り向くと、先ほどの男性が、私が入って来た時と同じように道行く人に声を掛けているのが見える。心なしか、ガラスの向こうを歩く人々の流れが、献血をする前より早くなったように感じる。

銅でもいい質問

さて、皆さんには、「気づいたら、○○歴20年以上のこと」って何かありますか?
こっそり教えてほしいです。
教えてくれた方の中から「くじびき」で一名様に、右の写真に撮った銅のプレートを差し上げます。
今回も複数の方が教えてくれますように。
「くじびき」、ぜひしたいですから。

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相原緑青

銅や真鍮を使って鍋や匙、器などを「群青ラボ」という名前で制作しています。