やがてうれしい中国茶 / 浅井恵子

紅茶

シルクロードのオアシス・葡萄の町トルファンで、前の晩に相部屋だったAさんを見かけたのは昼食の帰り道だった。

木陰に座り込んでいるAさんに「あら一人?」と声をかけると、ちょっと驚いたような、でもほっとしたような表情を見せた。

「列車の時刻まで友だちと別行動にしたけれど、あんまり暑くてどこにも行きたくなくなっちゃって」とのこと。

「じゃぁ、部屋に戻って休んでいたら?お茶をいれるわよ」と誘うと、嬉しそうな顔でついてきた。

今朝まで自分が寝ていたベッドに腰をかけて、私がお茶の準備をするのをもの珍しそうに眺めている。

大きすぎたと買ってから後悔した琺瑯の蓋付きカップをポット代わりに、紅茶の葉と牛乳とスパイスを加えて、フツフツと沸いた熱湯を注いでしばらく待つ。

部屋に備え付けの陶器のカップも温めて、少し高いところから勢いよくお茶を注ぐ。

茶漉しも市場で見つけたので、茶葉も気にならない。

お好みでハチミツを加えて、アツアツの特製チャイの出来上がり!

「旅先でもこうやってお茶をいれているんですか?」と可笑しそうにたずねるAさん。

「まさか。いつもどっさりティーバッグを持ってくるんだけど、この乾燥でしょう。

思ったよりはやく飲み切っちゃって困ったの。

街中で紅茶を買ったらこれが味も香もいずれの彼方ってヤツだったのでがっかり。

でも市場でカルダモンとクローブを見つけたから、ハチミツと牛乳を探してね。

牛乳がなかなか見つからなかった。ほらこのあたりって羊ばっかりじゃない。」

他愛のないおしゃべりに笑いながら、2杯目のチャイを飲んでいるうちにAさんが

「実は私、こう見えても30過ぎなんです」と今までとは違った口調で話しを始めた。

日本で会社勤めをしていたのだけれど、30歳を過ぎて「このままでいいのかしら」と思ってしまったらしい。

その思いが募って「新しい自分を見つけよう」って中国に語学留学にきたそうだ。

あと数ヶ月で日本に帰るのだけれど、思ったほど中国語も上達しないし、周りは若い人ばかりで心から打ち解けられない。

「私ったら何やってるんだろうって、ちょっと落ち込んでるんです。気分転換に旅に出たけどダメでした。一緒に旅行している友だちはまだ20代前半なんです。明るくって前向きでいい子なんですけど、一緒にいるのがだんだん苦痛になってきました」

もしかしてこれって人生相談なんだろうか?

いやいや、彼女はただ話したいだけなんだ。誰かに聞いてもらいたいのだ。

そう思って「ふ~ん」とか相槌を打ちながらひたすら彼女の話を聞いている。

「なんか、私ばっかりしゃべっちゃって…」

話すだけ話して気が済んだらしく、急に恥ずかしくなってしまった様子の彼女が気の毒になったので、

「じゃぁ私も告白しましょう。こう見えて私、40をいくつか越えています」

続いてわが友・珠ちゃんも

「私ももうすぐ40歳。でもいつまでたっても年だけはケイコさんに追いつかないわ」

珠ちゃんの言葉に3人で笑ってしまう。

「なんだかとっても気が楽になりました、ありがとう。お茶、ご馳走さまでした」と、さっきよりはいくぶん軽めの足取りで旅立っていったAさん。

北京に帰ったら、たぶんまた気分が落ち込むこともあるだろう。

そんなときは熱くてスパイシーでちょっとだけ甘い紅茶を召し上がれ。

あれから10数年の月日が経って、チャイを飲むと極まれに「Aさんは今頃どうしているだろう」と思い出すことがある。

探すことなんか必要ないのよ、あなたはずっとそこに居るんだからって、あの時言えなかった言葉とともに。

もしかしたらある朝、洗面所でふと見た鏡の中の自分の顔に気づいただろうか。

「ああ私、ずっとここに居たんだわ」って。

紅茶

世界で飲まれているお茶の70~80%が紅茶だと知って少し意外な気がしました。

でも考えてみれば、私自身いちばんよく飲んでいるのもやはり紅茶でした。

紅茶と聞いてまず頭に浮かぶのはインドでしょうか、それともイギリスでしょうか。

ところが紅茶も発祥の地はやはり中国なのです。中国からヨーロッパにお茶が伝わったのは17世紀に入ってからのことで、当初は緑茶でした。

もともとは福建省の武夷山の烏龍茶が基になって、醗酵を高めて紅茶になったとも言われています。そして紅茶がヨーロッパの、とくにイギリス人の好みに合って、輸出は緑茶から紅茶へシフトしていったようです。

しかし、産業革命によって労働者階級の人々にまで紅茶が飲まれるようになると、中国からの輸入量は増加の一途をたどり、その支払いのための銀が不足して、イギリスは銀の代わりに鴉片を輸出しました。これが後に鴉片戦争へと発展し、戦いに勝利したイギリスは1842年の南京条約により中国貿易での確固たる地位を築くことになります。

一方でイギリスは中国からの輸入に頼らないで、植民地で独自に茶の栽培をしようとさまざまな試みをします。

そしてついに1823年にインドのアッサム奥地で野生の茶の樹を発見します。しかしこれは中国種とは別な固有のアッサム種であったため、当時はお茶と認定されませんでした。

1837年、野生のアッサム種の茶葉で中国人技術者によって作られた緑茶が、翌年ロンドンに送られてお茶と認定され、ここからイギリスのインドにおける紅茶の生産が始まり、

1848年ごろからやっと採算がとれるようになりました。

1860年代になると紅茶の生産はアッサムからインド北部へ、さらに南部へ(今のバングラディッシュ)へと広がり、やがてベンガル州のダージリン、南インド・ニルギリへとプランテーションは広がっていきました。

中国の紅茶として有名なのは、まずは安徽省の祁門(キーメン)紅茶でしょうか。その香りはダージリン茶に匹敵するといわれています。

また福建省の正山小種(ラプサンスーチョン)は、仕上げに松煙を吸着させるため独特の香りが、「通好み」といわれています。

さらに広東省の英徳紅茶はタンニンが少なく、マイルドな味が特徴です。

最近では雲南省の紅茶が人気を呼んでいます。香り高くコクがあり甘みが強いのが人気の秘密かもしれません。

中国の紅茶は緑茶や烏龍茶と同じように、砂糖やミルクを加えずストレートで飲むのが一般的です。イギリス式に大きなポットでいれてもいいですが、やはり小ぶりの急須で蒸らすようにいれて飲むのが好まれます。渋みがほとんどないので、そんな飲み方ができるのかもしれません。

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浅井恵子

10数年の会社勤務ののち、専門学校で中国語を学びその後半年ほど北京に語学留学をする。
中国茶との出会いは20年ほど前に台湾で飲んだ烏龍茶。
その台湾で知り合ったお茶仲間と年に1~2回お茶会を開き、
またお声がかかれば道具持参でお茶をいれに行くこともしばしば。
お茶と同じくらいに好きなものが布。どうして好きなのかは自分でもよく分からず。
ブログ:布とお茶を巡る旅 http://nunocha.exblog.jp/