やがてうれしい中国茶 / 浅井恵子

凍頂烏龍茶

「遠慮しないで、どうぞ入ってください」という声に驚いて振り向くと、
さっきまで店の中にいたはずの老板娘(らおばんにゃん:女主人)が笑顔で立っていた。
店の硝子窓にへばりつくようにして覗いていた私たちは、
いたずらを見つかった子供のようなきまり悪さで、
老板娘の言葉に従って店の中へ足を踏み入れることになってしまった。

台北のとあるホテルの地下にあるショッピングモールの一角。
やや高級そうな店構えの骨董店には、
青磁の皿や染付けの壺などに混じって不思議なものがあった。
「これは何ですか?」と窓にへばりついて見ていたものをたずねると、
穀物をいれて墓に埋葬したものらしい、との答え。

「骨董は私の専門じゃないの。詳しいことを知りたかったら主人が戻ってくるのを待って」
いえいえ、単なる好奇心ですからここでご主人に戻ってこられると面倒だなぁと
心の中でつぶやいて、密かに退散の時機をうかがう。

私の心を知ってか知らずか、老板娘は無邪気(そうに)
「お時間あったらお茶でもいかが?茶葉からいれた烏龍茶を飲んだことあります?」
烏龍茶=缶入りのヤツという認識の当時。(←ペットボトルよりはるか以前のお話です)
「とっておきのをいれますからね」とテーブルの茶器を引き寄せる。

ディスプレーにしては他の骨董とそぐわないと思っていた茶器は
どうやら烏龍茶を淹れるためのものらしい。
小さいもの好きの心が騒ぐ。
「うちのはとくに小さいのよ。特注の茶器だから」と老板娘。
この人、私の心が読めるのかしら…。

ふつふつと沸くお湯を、冷ましもせず茶壺(急須)に注ぐ。
そのお湯を他の茶器に移して、温まった茶壺に固く丸まった小さな茶葉をいれる。
そこにまたふつふつと沸くお湯をちょっと鎮めてから、しずかに注ぐ。

香気が立ち上るその瞬間が見えたような気がした。
「花のような香り」だけれど「花の香り」ではない。
後からつけた香りではない、お茶そのものの香り。
あの緑の葉っぱから、こんな甘い香がたつなんて思いもよらなかった。

味は穏やかな甘みとかすかな香ばしさ。
小さな杯で4煎、5煎と続けて飲んでいくと、
お茶の味は薄くなっていくのに、舌に残る味は積み重なっていく。
これも初めての経験。

「これは私たち台湾人がとくに愛するとうちょううーろんちゃ」と老板娘の声が聞こえた。

6年前の3泊4日の初めての台湾旅行も、
日々の生活の中で遠い日の思い出にかすんでしまったころ、
旅友・珠ちゃんから「ケイコさん、一緒に台湾に行かない?」と誘われた。

「これが愛するとうちょううーろんちゃ」老板娘の声が蘇る。
そうだ、行かなくちゃ!たいへんだ遅れちゃう。

記憶を頼りに、あのホテルの地下のショッピングモールに足を踏み入れて、
たしか、ここの角を曲がったところと探してみるが…。
そのお店は姿を消していた。

誰かの強い視線を感じて振り向くと、そこには小さなお店があって、
あのときの老板娘がこちらをみて笑っている。
「ずいぶん待ったわ。」と聞こえたのは私の妄想だったかもしれない。

「とーちょーうーろんちゃ」
それは老板娘から手渡されたワンダーランド・台湾の扉を開くキーワードだったのだ。

台湾中部の南投県鹿谷郷凍頂山一帯が産地の烏龍茶。150年ほど前、福建省から移植された苗木が凍頂烏龍茶の始まりといわれています。
1970年代になり、凍頂山一帯は製茶業のモデル事業地域となり、品種改良や茶畑の整備、工場の機械化、品質管理などが徹底されました。
その結果、凍頂烏龍茶は台湾の隅々にまで知れ渡り、ナショナルブランドとして成長し、
その後輸出も盛んになり世界的に知られるお茶となりました。

緑茶が「一芯二葉」といって、まだ葉にならない芽とその下の二葉を摘むのに対し、烏龍茶は「開面採」と言って、葉が開ききって三葉、四葉になってから摘みます。採取した茶葉は太陽に晒し(日光萎凋:いちょう)てから室内に移し、ときどき素手でかき混ぜられながら半日ほど寝かせます(室内萎凋)。この工程によって花のような香りが生まれます。
頃合をみて乾燥機で釜炒りをし(殺青:さっせい)酵素の働きを止めます。
その後、布にくるんで揉みます(揉捻:じゅうねん)。凍頂烏龍茶の場合、この揉捻と解塊を数回繰り返します。このためできあがった茶葉は固く丸まっています。
よい茶葉は深緑色で美しい艶があります。

写真|稲垣早苗 写真|稲垣早苗
器|井上枝利奈作ガラスのふたもの

【淹れ方】
茶壷(急須)を使っていれるのが一番適しています。
使う茶壷の大きさによって茶葉の量を決めます。
一般的には茶壷の底が隠れるくらいといわれますが、私は210ccの茶壷でだいたい16gを目安にしています。
お湯の温度は98度前後。必ず沸騰させてから使います。
茶器は前もって充分に温めておき、1煎目はお湯をすばやく他の容器に移してしまいます。
これを「洗茶」と言って飲まないでそのまま捨ててしまったり、茶器を温めるのに使ったりします。
私はこれもお茶の味と思って飲みますが、そのへんはお好みです。
「洗茶」は硬く丸まった茶葉を緩めて、2煎目から味と香りが出やすくするために行います。
3煎目以降はお湯の温度をやや下げ、抽出時間を心もち長めにして味を楽しみます。
7煎目くらいまで飲めるといわれますが、やはりおいしいのは5煎目くらいまででしょうか。
茶葉の量とお湯の温度、抽出時間を探りながら、自分に合ったいれ方を楽しんで見つけてください。

さあ、次回は、ちょっとスペシャル企画。
お茶会のレポートです。

浅井恵子

10数年の会社勤務ののち、専門学校で中国語を学びその後半年ほど北京に語学留学をする。
中国茶との出会いは20年ほど前に台湾で飲んだ烏龍茶。
その台湾で知り合ったお茶仲間と年に1~2回お茶会を開き、
またお声がかかれば道具持参でお茶をいれに行くこともしばしば。
お茶と同じくらいに好きなものが布。どうして好きなのかは自分でもよく分からず。
ブログ:布とお茶を巡る旅 http://nunocha.exblog.jp/